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エネルギー
太陽光発電
高レベル放射性廃棄物処分場
人力発電
自然電源促進税
台風23号にちなんで
太陽光発電、風力発電に対する幻想
太陽エネルギーは偉大だ!
エネルギー産出比
石油エネルギー投入量を考えよう
太陽光発電
4月18日、八戸市庁で、太陽光発電についての勉強会が行われました模様です。
講師は八戸工業大学生物環境化学工学科・エネルギー工学科助手、高橋晋さん。
太陽電池の電池パネルは、温度が高くなると出力が低下する性質があるようで、この発電は寒冷地に適しているとのこと。
さらに八戸は冬季の積雪量が少なく、この講師は八戸で大規模な試験を実施すべきだと主張しています。
宮古市は八戸よりさらに好条件です。
積雪量は八戸よりはるかに少なく、晴天の日が多い。
宮古市も追随しても良いのではないでしょうか。
(2002年4月26日)
高レベル放射性廃棄物処分場
高レベル放射性廃棄物の処分について、「核廃棄物」で少し触れていますが、その候補地の一つである北海道幌延町が、正式にその研究所の建設予定地となるようです。
これは、7月13日付「北海道新聞」で報道しています。
記事では深地層研究所の建設となっていますが、実質的に最終処分場になる可能性は大だ、と言われています。
社会の生み出したゴミ「高レベル放射性廃棄物」が、この地域に捨てられます。
「高度」な文明の犠牲となるのが、幌延町ということです。
以下にその記事を抜粋紹介します。
核燃料サイクル開発機構は12日、高レベル放射性廃棄物の地層処分を研究する深地層研究所の建設予定地区を、留萌管内幌延町の北進地区に決定したと発表した。
予定地区は900ヘクタールで幌延市街地の北東約5キロにあり、大半が牧草地。同機構は本年度中に、この中から、建設地を20ヘクタールに絞り込む。
建設地を最終決定した後、同機構は来年度、施設の設計を行い、2004年度に土地の造成に着手する。施設の建設が始まるのは05年度になる見込みで、10年度の完成を目指す。
予定地の決定に対し、反対住民でつくる「核廃棄物施設誘致に反対する道北連絡協議会」の鷲見悟代表委員は「明確な立地基準がなく、建設しやすいという理由だけで選んだのではないか」と反発している。
(7月13日付「北海道新聞」)
この鷲見代表委員の見方は正しいと思います。
人口密度が小さく、道路の便がよく、といった非常に好都合な場所であるということでしかなく、立地場所の選定としての学問的な基準が全くありません。
この基準を明確に示せば、この幌延町よりも適した地域が見つかるかもしれません。
(2002年7月20日)
人力発電
あのボブ・サップをテレビで見ると、思わず人力発電を思わずにはいられません。
ボブ・サップに限らず、格闘技などの選手を見るといつも思います。
「また、変な想像をする!」と思われるかもしれませんが、トレーニングジムでわざわざ体力を使って汗を流すんですから、どうせなら各トレーニングマシーンに発電装置を取り付けて、そのジムの電気を発電させたらどうでしょうね。
ジム側は一石二鳥ですよ。
だって、利用料を徴収して、さらに発電してもらうんですから(笑)。
将来、燃料電池の技術が向上し、小型の電気を保存する高性能の小型バッテリーが開発されれば、この人力発電を自分のものとして持ち運べるようになるかもしれませんね。
トレーニングの前に、ご飯をたべなきゃダメですし、せっかく口から燃料を入れてやって、それをただ汗にするのは無駄です(笑)。
どうせなら、トレーニングマシーンに持参の小型バッテリーを接続し、運動して筋肉を付け、さらに家庭用に電気を持ち帰る、ってことができるようになれば、原発1基ぐらい要らなくなるかもしれませんよ。
なんとなく映画「マトリクス」に似てますね。
人間から電気を取り出すって発想が。
アホな提言でした!
(2004年4月23日)
自然電源促進税
温暖化抑制には原発が必要?
ちょっと前(5月17日)に、経済産業省から、「2002年度エネルギー需給実績」が発表されました。
これを見てみると、エネルギー需要は増える一方で、1990年との比較で、家庭用電力、乗用車など増えているのがわかります。
反対にバスは微減ですね。
私の家では、乗用車利用は10年前に比べれば明らかに減っています。
私が乗らなくなりましたから(笑)。
この「2002年度エネルギー需給実績」の評価として、地球温暖化を防ぐには、原子力発電が重要な位置を占める、と新聞発表されています。
嫌ですねえ。
原発をもっと作るんですか?
原発って、安価ではなく、かなり金がかかっているのに。
つまり、高価で、その分を私たちは電気料金で支払い、原発立地地区の住民は危険を覚悟で、ややもすれば被爆し、原発のゴミは厄介なものですし、これも管理に永遠にカネがかかります。
「原発は安全だ!」という人は、自分の土地に誘致して、カネをもらいなさい!
安全なら、東京や大阪の臨海地帯に作ればいいし、放射性廃棄物もおまかせします。
どうぞご自由に!
反比例型目的税
さて、原発を増やさずに、化石燃料を燃やす発電所を減らすにはどうしたらいいんでしょうか?
それはやはり太陽光発電、その他の自然電源ですね。
そこで、税金を使って太陽光発電を流行らせましょう!
その名は題名の通り、「自然電源促進税」!
本当は「電力税」と名づけようとしたんです。
で、これを検索にかけてみると、ドイツの電力税がヒットします。
最初にヒットするのは、「社会経済研究所」のサイトで、 論文の著作権がどうのこうのと書いているので、そんなところは見たくありません。
インターネットは「情報の共有」が主な目的で、商売は二の次。
あらまあ、話が横に行ってしまいました。
電力税は炭素税のことで、炭素を排出する燃料などに税金をかけるもの。
それによって、二酸化炭素を抑制しようとするものです。
だから電力税でも良かったんですが、「電源開発促進税」というのを見つけてしまい(見つけたというより、知らなかったのです)、それがなんとまあ、ひどい税金なんです。
これは後述しますが、これにちなんで「自然電源促進税」としたわけです。
私が増税法案を作成する時は(笑)、反比例関係を利用する目的税しかありません(炭素税などはこの方式がほとんどでしょう)。
これを「反比例型目的税」とでも命名しましょうか。
この例は、このサイトを立ち上げた時に書いた「社会の転換には税金を使え!」で、すでに反比例型目的税は持ち出していますが、命名したのは今回が初めてです(笑)。
同じ要領で考え、購入した電力量の電気料金に外税方式で数%を掛け、それを「自然電源促進税」とします。
その使途は、当然、自然電源に振り向けられ、最初は家庭向けの自然電源用発電の促進補助です。
とにかく家庭用は自前で賄うようにするんです。
ここでちょっと谷直重さんのサイト「ようこそ我が家の太陽光発電へ」のページ「粗っぽい計算による勘ぐり」をご覧ください。
ここにはいろいろ有益な情報が詰まっていて読めばわかりますが、家庭用の電気を自分で賄うということは、「電源開発促進税」は払わなくてもいいわけで、当然、私が提案する増税法「自然電源促進税」も払わなくてもいいのです。
「自然電源促進税」を導入しても、家庭用発電施設が普及しない場合は、割合(%)を上げて増税し、領収書には税金額を大きく表示するようにします。
そうすれば、いくら電源税を支払っているか自覚するでしょう。
全世帯に普及したら、今度は事業所、会社を対象にし、利用できる自然電源を眠らせておかないようにし、それから足りない分は仕方がないから、ガス発電でも使うとかすればいいと思います。
家庭向けの補助の方法として、「累進補助」方式にし、つまり所得の多い世帯には少ない補助、所得の少ない世帯には大きい補助をします。
極端に言えば、高額所得者には補助なしにして、本当に生活の厳しい高齢者だけの世帯には全額補助とか、まあ、いろいろ細かいところは任すとして、所得を考慮した補助が望ましいのではないでしょうか。
電力会社と国が口裏を合わせて原発促進をし、広報活動では「原子力エネルギーはどうしても必要だ」と国民を洗脳していますから、もう国を相手にしても始まりません(でも太陽光発電は国からの補助があるはずです)。
ですから、この「自然電源促進税」は県でやったほうがいいです。
目的税は目的が達成したらやめてもいいですし、全世帯が太陽光発電になったら、税金は0円ですからね。
うん、やはり「反比例型目的税」は素晴らしい!
原発目的税である電源開発促進税
懸案の「電源開発促進税」についてですが、ようこそ我が家の太陽光発電へに書いてある通り、1kwh当たり44.5銭(42.5銭?)を私たちは支払っています。
電気量の約2%です。
この税金の使われ方がまた問題なんです。
ここで「原子力百科事典ATOMICA」の「エネルギー予算の概要」のページを参照してください。
電源三法制度を表したわかりやすい図を見ると、「電源開発促進税」の使途は、「電源立地勘定」と「電源利用勘定」に分かれていて、「電源立地勘定」はほとんどが交付金で、原子力発電所費用のようです。
この交付金のことを書いているページもあり、そこを見ても、交付金がほとんど原子力発電用であることがわかります。
エクセルファイル「電源開発促進対策特別会計歳入歳出予算(財務省,文部科学省及び経済産業省所管)」をダウンロードしてみると、「電源立地勘定」は平成15年で2,507億円、「電源利用勘定」の方は2,348億円で、「電源利用勘定」の「電源利用対策費」2,066億円の内訳は、はっきりと原子力予算となっているのが1,273億円で、一応半分より多いくらいで、ほとんど原発用の「電源立地勘定」よりはマシです(マシという表現が適当かどうか?)。
先ほどの「電源利用対策費」の中に、「太陽エネルギー発電等開発導入促進対策費」という名目で685億円計上されていて、これが太陽光発電の補助に向けられているのかもしれませんが、「電源開発促進税」総額4,855億円からみれば、たったの14%にすぎません。
また、同じ項目に、「石炭火力発電開発導入促進対策費」16億円、ってのがあるのも、首をかしげてしまいます。
こんなわけで、原子力発電促進のために、「電源開発促進税」を私たちはコツコツ払わされています。
これじゃ、先ほど紹介した谷さんのように、太陽光発電で、税金を払わないようにしたほうがいいですね。
石炭火力発電所
疑問符の石炭火力発電についてですが、「WORLD WATCH」誌の「MATTER OF SCALE」で、「石炭をめぐる現実」を掲載しています。
「MATTER OF SCALE」とは、データ比較をしているコーナーです。
肺炎を起こすスモッグの主要構成物質である酸化窒素(NOx)を、新型車で年間1万トン発生させるのに必要な台数・・・・50万台
同量のNOxを平均的な規模の石炭火力発電所で発生させるのに必要な数・・・・1基
主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を、ミシガン州モンローで年間1,750万トン放出していた石炭火力発電所の数・・・・1基
木々を伐採して同量のCO2を大気中に放出する場合に切り倒さなければならない本数・・・・7億6,100万本
2003年後半の時点で、イラク戦争の余波で死亡し、その死が大きな政治問題になったアメリカ人の概数・・・・300人
広く容認されている統計モデルに照らして、毎年ミシガン州モンローの石炭火力発電所が原因の病気で死亡すると思われる人の数。(ジョージ・ブッシュは、石炭火力発電所の新規建設を優先事項に掲げた新しいエネルギー政策を売り込むスピーチの場としてこの発電所を選んでいる。)・・・・300人
2000年のオハイオ州チェシューの人口・・・・2,500人
アメリカ電力会社(APE)の石炭火力発電所による汚染をめぐり、市民と同社との間で話し合いが長期化し、同社が結局汚染を止めるのではなく、町そのものを買い上げるという結論を出した後のチェシャーの人口・・・・12人
出力100万kw規模の標準的な天然ガスや石油火力発電所で毎年排出される二酸化窒素(SO2)の量。(酸性雨の主因である。)・・・・44トン
同出力の石炭火力発電所から毎年排出されるSO2量・・・・3万トン
(「WORLD WATCH」2004年1/2月号p46)
これを読めば、誰もが首をかしげたくなると思います。
さあ、「自然電源促進税」をやってみましょう!
という私は、太陽光発電をしてないことを告白しておきます。
非常に難しい問題を抱えています。
また、私が世帯主でないことも理由の一つです。
(2004年6月1日)
加筆
検索していたら、「家庭用太陽光発電設備普及と国の補助金制度(1994〜2003)」のページを発見しまして、国の太陽光発電の普及補助制度が書いてありました。
国の補助制度の欠陥を指摘したもので、何と、補助金が余っていて、次年度繰越がかなりあるんだそうです。
たまげました!
どうして余るんだか?
やはり上記の「自然電源税」のような「反比例型目的税」方式にして、自分の出した税額を自覚させるような効果を税金にもたせるべきだと思います。
上記のページでは、補助のあり方を提言してあり、消費者の購入への動機を与えるために「発電原価保証方式」を勧めています。
具体的に言えば、発電設備を20年で償却する場合の発電原価を計算して、現状の売電価格との差を埋め合わせるような補助の方法です。
また、太陽光発電を次のように認識しています。
「太陽光発電設備は逆潮流で系統へ繋がっているという点から見ると個人の屋根に有っても社会全体のエネルギー供給のインフラの一部となっているのである。」
「素晴らしい!」の一言に尽きますね。
このページは「太陽光・風力発電トラスト」サイトにあり、さすが専門家!という感じです。
インターネットは素晴らしい。
「知識や情報の共有ができている」と、実感した今日でした。
(2004年6月2日)
加筆U
上記の反比例型目的税と似たようなものが、地球白書にありました。
環境に及ぼさない製品の製造と購入を促進するために、政府は優秀な製品については税還付を行い、基準に満たない製品に課税することもできる。製品の効率性、耐久性、環境配慮の度合いなどに応じて、段階的に還付や課金を行うシステムを立ち上げてもよい。課金(fee)と還付(rebate)を組み合わせる手法はフィーベート(feebate)と呼ばれ、エネルギー生産者を対象にある程度実施されているが、消費者を対象としたものは導入されていない。このフィーベート・システムはエコラベルやEPR法制と連携させれば、さらに効果なものとなるだろう。
(「地球白書2004-05」p203)
反比例型目的税は、目的が達成されたならば廃止すればいいのです。
税金なんてものは、目的のないものなんて必要ありませんから。
例えば、自然電源促進税は、100%自然電源となったら、やめればいい。
いつまでもやっていると、その税金は悪用されます。
余った公のカネが良く使われた例は、ほとんど聞いたことがありません。
(2005年1月10日)
台風23号にちなんで(22号のつづき。笑)
岩手県の温室効果ガス削減目標は、単なる目標で終わるようです。
http://www.iwate-np.co.jp/news/y2004/m10/d18/NippoNews_13.html
県のトップ、以下、アホだらけ。
アホじゃないなら、自分の手足を動かさないバカどもだ、と断言します。
先日も書きましたが、公的機関の職員用無料駐車場は、化石燃料補助政策であり、脱税行為でもあります。
まず、その身近で基本的なことから修正しなさい!
そして、公共交通機関のススメ、です。
そういう政策を施さないと、温室効果ガス削減の画期的な効果は、あらわれないと断言できます。
例えば、小泉首相は強権的、と言われますが、その強権的なものを環境対策へと注ぐならば、私は賛成します。
ところが、その方面への強権的な指揮は、ほとんどないですね。
県知事自身、長期的に今の役職、つまり知事には留まるつもりはない、と言っていますから、「環境首都いわて」政策がもっと強権的であっても良かった。
今、ものすごい批判を浴びたとしても、30年後50年後には、ものすごい評価となることは確実で、100年後には99%高評価でしょう。
と、せっかく期待していた増田知事に苦言を書いておきます。
最近「プランB」からの引用が目立つと思うんですが、今日もやります(レスター・ブラウンさん、ごめんなさい)。
最初に「風力エネルギー、そして水素燃料の将来」という文書を別のページに載せておきます。
そして、アイスランド、屋久島、その他の事例をここに列挙しておきます。
もうエネルギー源の変換は実行に移されています。
やる気があるかないか、だけの差となっているのかもしれません。
アイスランドは化石燃料から水素にシフトする計画である。政府はシェルとダイムラー・クライスラーの率いる企業コンソーシアムとともに取り組みを進めており、2003年にプログラムの第一段階としてダイムラー・クライスラーが首都レイキャビックのバス80台を内燃エンジンから燃料電池エンジンにシフトする。シェルはすでに、この燃料電池バスのために水素ステーションを建設した。ここでは、安価な水力発電電力を用いて、水を電気分解し、クリーンな水素を生産することになっている。
第二段階では、同国内の乗用車を燃料電池エンジンに転換する。そして最終段階では、アイスランド経済の中核を担う漁船の動力を燃料電池へ転換する。すでに住宅とビルの大部分に地熱暖房を導入し、電力供給の大部分を水力発電と地熱発電から得ているアイスランドは、いま、化石燃料経済からの脱却を宣言する世界最初の国家になることを計画している。
日本では、元企業経営者の谷口正次氏が屋久島に水素型エネルギー経済を構築する計画を立てている。日本の南端に位置する屋久島は総面積が875平方キロメートルで、年間8,000ミリにも及ぶ降雨量を特徴とし、島の大部分が広大な自然保護区に組み込まれている。島の豊富な水力資源を発電に利用するために、一連の小型ダムを建設する。この電力により水を電気分解し、水素を生産する。最初の目標は、14,000人の島民のエネルギー需要を満たすことである。そして次の段階では、余剰水素を天然ガスのように液化して、タンカーで日本本土に輸送することをめざす。推定によれば、屋久島は自動車50万台分の燃料ニーズを満たす水素を移出できる。
世界各地におよそ30の水素燃料補給ステーションが開設されている。たとえば、ミュンヘン空港では、水素内燃エンジンを搭載した空港バス15台のために水素ステーションが設置されている。カリフォルニア州には、現在少なくとも二つの水素ステーションがあり、このうちの一つは太陽電池からの電力で水を電気分解する仕組みになっている。このステーションはホンダが、ロサンゼルス市に販売した自社製の燃料電池車5台に燃料を供給するものである。もう一つのステーションは風力発電からの電力を用いて水素を生産する。
(「プランB」p257)
屋久島のことは、「谷口正次 屋久島」で検索すれば、資料がでてきます。
この谷口正次さんは、太平洋セメント太平洋セメント専務取締役だったんですね。
現在転身して、屋久島電工の社長さんだそうです。
なかなかやるものですねえ。
こんな人が世の中にはいるんです。
以上にように、風力発電は日本に向いていなくても、その風力エネルギーは水素を媒体にして移動できるわけです。
水素を移動できる技術が確立されれば、日本はそのクリーンエネルギーを輸入することもできます。
そしてこれを加速させるために、日本は積極的に、風力資源の豊富な地域に(特に東シベリア。「風力エネルギー、そして水素燃料の将来」参照)、風力発電の投資すべきなのです。
(2004年10月21日)
太陽光発電、風力発電に対する幻想
エネルギーの最低条件
地球上で、現在最も優れたエネルギーは、何といっても石油。
石油は燃やして良し、電気にして良し、さらに、あらゆる原料にもなる、というものすごく優れたエネルギーです。
燃焼・加工して有害物質さえ生じなければ、何の問題もない。
エネルギーといえば電気エネルギーなんですが、これは何といっても電気に変換するときのロスが非常に大きいわけでして、石油を暖房に利用する場合、電気変換して使うより、燃料として直接燃焼したほうが、遥かに効率的です(ということは、オール電化住宅なんて無駄のオンパレード)。
これは実際の価格にも反映してまして、同じ熱量を得る場合の電気料金と灯油料金を比較すればわかります。
このように電気エネルギーというのは、本当はものすごく効率が悪いエネルギーだったのです(しかし便利!)。
私たちが生きている工業生産システム社会では、再生産できないエネルギーというのは、まったくもって使い物にならない、ということは自明だと思います。
例えば、電気エネルギーでいえば、「石油火力発電所で発電したエネルギーで、火力発電所を生産維持管理でき、さらに各産業、家庭へとエネルギーを使うことができる」ので、優れたエネルギーであるといえるわけです。
これは、「環境問題を考える」の「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」から学んだのですが、エネルギー産出比の話なんです。
ちょっと引用します。
エネルギー産出比とは、あるエネルギー供給システムに対して、投入されるエネルギー(資源)量に対する出力として産出されるエネルギー(資源)量の比率によって表される。
(http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss022/ss0225/ss02251.htm#n01)
エネルギー産出比>1がそのエネルギー自身を再生産できる最低条件で、これが1以下だとそのエネルギーシステム自身を再生産すらできませんから、全く役に立たないというわけです。
石油火力発電のエネルギー産出比は、それ自身は0.35ですが、石油そのもののエネルギー産出比が非常に高いので、石油採掘から電気エネルギーと取り出すまでを考えれば、その産出比は3.5になるようです。
太陽光発電に未来はない?
クリーンエネルギーとして名高い太陽光発電ですが、確かに設備してしまえば、太陽光から電気を取り出し、出るのは熱だけでしょう。
ところが、生産段階から廃棄段階まで考えれば、太陽光発電システムには、多量の石油を含むさまざまな原料が使われて消費されているようです。
しかも、エネルギー産出比は、確実に1以下ですから(つまり太陽光発電で生み出すエネルギーで、自身を再生産できない)、石油やその他の原料資源の無駄遣いなだけなのです。
ちょっと簡単に書いてしまいましたが、ここで全部のエネルギーを太陽光発電だけで発電するとします。
太陽光発電システムの耐用年数を20年とします。
まあ、30年でもいいんですが、日本じゅうの平地に発電パネルを敷きつめて、順調に発電したとしても、やがて壊れてしまう発電システム自身を更新できるほどのエネルギーすら産出できないというのです。
ということは、われわれの社会を支えるエネルギー源としては無理。
しかも、日照時間というのは一定ではありませんから、電力をバックアップする設備(揚水力発電、燃料電池などの低効率蓄電設備)にも、かなりの資源を費やさなければなりません。
これじゃ、とてもじゃない、使えない発電なのです。
そして、あの太陽光発電の促進補助金(自然電源促進税参照)もまた、無駄遣いだったのです。
風力発電は日本では適さない?
風力発電のエネルギー産出比は大体0.35ぐらいで、石油火力発電と同程度だそうです。
風力資源さえあれば、使える発電かもしれないのです(石油資源延命の意味で。しかし産出比<1では石油なしでは風力発電施設すら再生産できないことになる)。
が、わが日本ではそんな安定した風力はないのです。
安定しない風力発電の電力も、バックアップ設備が必要になるのは当然のこと。
やはり日本では風力発電も使えない発電です。
エネルギー問題に関する共通項
エネルギー生産の大前提は、再生産できること、すなわちエネルギー産出比>1であること。
そうでないエネルギーは、ただの石油エネルギーの浪費だということです。
今までは、表面上のクリーンさだけを、私は見ていました。
実は実はそんなものじゃない。
まるで綺麗なバラにはトゲがあった話だったのです。
先の温室効果の話(「漁師のつぶやき」危うし!)と、このエネルギー産出比の話は、ものすごい収穫です。
このような基本的な、そして大きな枠の知識というのは、非常に大切です。
一部の小さい知識だけの正誤を語っていても、大枠の理解がないと、その小さい知識の議論は意味がなくなります。
「環境問題を考える」サイトには本当に感謝しなくちゃいけませんね。
ちなみに国がクリーンエネルギーと宣伝する原子力発電も、石油なしではやっていけない発電です。
核燃料だけでは稼動できません。
しかもあのものすごい猛毒を地球上にジャンジャン生み出すわけですから、史上最悪の発電システムです。
それにしても、書き変えなければならないことが山ほど出てきました。
どうしましょう?
(2004年11月15日)
加筆
史上最高の石油エネルギーがなくなったら、次の考えられる有効なエネルギーは何か?
それは液化石炭かガス化石炭。
これは何と140年も前に、経済学者のジェボンズという人が考案したんだそうです。
しかしその前に私たちは、この便利な石油エネルギーをどう使っていくのかを考えるべきなのです。
そう、節約。
省エネルギー。
それも部分的なことから考えるのではなく、総合的な視点で考え、例えば、代替エネルギーとしての太陽光発電とか風力発電は石油エネルギーの無駄でしかないからもう生産しない、というように(生産してしまったものは使うべきですが)政策立案すべきです。
もし地球温暖化が化石エネルギー燃焼に伴うものだとしたら(←仮定の意味ですよ)、石油エネルギーを無駄に使うということは、地球温暖化を促進することなのです。
とにかく、石油を使う行動すべてにおいて、石油使用の効率性を重視していかなければなりません。
当然のことですが、今まで書いてきた自動車利用のあり方、公共交通機関の利用促進、それに伴うインフラの必要性などは、石油投入量の観点からみても、正しいといえるのではないでしょうか。
それから再度書きますが、原発など論外で、かなりの石油エネルギーと投入しながら発電し、さらに厄介な核のゴミを生産し、それを石油エネルギーを使って半永久的に管理しなければなりません。
石油がなくなったら、この原発のゴミをどう管理するんでしょう?
原発推進者は大バカを通り越して、全員原発施設へ隔離しましょう!
石油エネルギーの代替がないのなら日本は石油生産国に支配されるかもしれない、と危惧する人もいると思いますが、安心してください。
日本には水があります(決して多いわけではありませんが)。
水のない国には文明は栄えません。
だって不思議だと思いませんか?
なぜ中東の石油産油国が日本みたいに栄えないかが。
「日本人は優秀なんだ!」という人はおバカさんです。
工業を興したくても、冷却する水がないからです。
飲み水だけでも大変。
食糧を生産するのも大変。
これじゃ、工業どころじゃないですよね。
その点、日本には水があります。
みなさん、水を大切にしましょう!
そして、それを保水する森林、そして土壌を大切にしましょう!
水が文明生成の重要な要素だということは、
http://env01.cool.ne.jp/ss04/ss041/ss0411.htm
を読めばわかります。
(2004年12月20日)
加筆U
「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」には、実は欠点があり、それは後述の「エネルギー産出比」に示してあります。
(2005年1月11日)
太陽エネルギーは偉大だ!
「太陽光発電、風力発電に対する幻想」で、太陽光発電のことを、私は散々こき下ろしましたが、小さい太陽電池パネルについては、市場の要求から、なくなることはないようです。
例えば、成功例として、電卓などの電子部品。
漁業関係で言えば、陸上から離れたところにある標識灯など。
あと考えられるのは、人里からかなり離れたところで、しかも不安定な電源供給でも良いという需要があって、電線を張る場合の総合的な石油投入コストと比較して太陽光発電が優位に立つ場合などなど。
暖を取る場合、石油エネルギーを電気エネルギーに変換すれば、効率が落ちるということは、すでに触れましたが、太陽エネルギーも同じこと。
太陽エネルギーは、何も電気エネルギーだけに利用されているわけではありません。
人間の食べ物、米、小麦などの主要穀物は、太陽光線なしでは育ちません。
あらゆる植物は、太陽光線による光合成によって成長し、実を結びます。
漁業ではワカメ、昆布などの海藻類。
間接的には、あらゆる地球上の自然現象は、太陽活動によって起こっているものですから、そのエネルギーといったら、どれほど偉大なものか!
せっかく骨折を経験しましたからついでに書きますが、私たち人間の骨の形成にはビタミンDが必要です。
そのビタミンDは太陽光線を浴びることによって、皮下で形成されるそうです(漁師は食生活や生活環境上、骨は丈夫)。
最も身近な太陽エネルギーの恵みは、何といっても、昼間の照明。
これを電気エネルギーに換算したらどうなるんでしょう?
地球半分を常時照らす電力はいくらほどになるのか誰か計算してください。
無料で道路や海を照らしてくれているんですから、ホント太陽に感謝しなくちゃいけませんね。
いろんなエネルギーが地上には存在するんでしょうが、以上のことから、どんなエネルギーでも、わざわざ電気に変換しなくても、別の方法で効率よく使ったほうがいいということのようです。
地球上に石油エネルギーがなくなっても、太陽エネルギーがあれば、人類が滅亡することはありません(←少し大袈裟ですが)。
(2004年12月29日)
エネルギー産出比
エネルギー産出比の目的
エネルギー産出比については、すでに「太陽光発電、風力発電に対する幻想」で説明しましたが、再度記述しておきます。
エネルギー産出比とは、あるエネルギー供給システムに対して、投入されるエネルギー(資源)量に対する出力として産出されるエネルギー(資源)量の比率によって表される。
(http://env01.cool.ne.jp/ss02/ss022/ss0225/ss02251.htm#n01)
エネルギー産出比>1が、そのエネルギーシステム自身を再生産できる最低条件で、これが1以下だとそのエネルギーシステム自身を再生産すらできませんから、エネルギーとしての意味がなくなり、そのシステム設備時の投入したエネルギーが無駄になるということになります。
現在、エネルギーのほとんどは石油エネルギーですから、石油の浪費したことになり、もしかしたら、余計に二酸化炭素を排出することになるかもしれないわけです。
エネルギー産出比は、エネルギーとして存在価値があるかないかを示す指標なのでしょう。
Googleで「エネルギー産出比」を検索すると、たったの5件しかなく、しかも「環境問題を考える」サイトと私のサイトで3件を占めていて(もう私のページがヒットするんですねえ。ビックリしてます)、エネルギー産出比は、新しい概念なのかな、と思ったところが、違うんですね。
太陽光発電に関しては。
エネルギー・ペイバックタイムというのがありまして、これは「地球温暖化問題に答える」という小宮山宏東京大学副学長さんの著作に書いてありました(「太陽光・風力発電トラスト」管理人さんのご指摘によりまして、実は参考文献の中にあり、私は読んでいるはずでした。苦笑いです。)
問題は、太陽エネルギーシステムを構築し運転するためのエネルギーである。何年発電しても、つくるのに使ったエネルギーを、太陽電池からでてくる電気エネルギーを取り返せないのではなんの意味もない。太陽電池をつくるために費やしたエネルギーを、太陽電池からでてくる電気エネルギーの何年分で取り返せるかをエネルギー・ペイバックタイム(EPT)と呼ぶ。
(「地球温暖化問題に答える」p76)
エネルギー・ペイバックタイム(EPT)からエネルギー産出比を求める
ここで、「太陽光・風力発電トラスト」の管理人さんの「3年で太陽光発電のエネルギー投入量は自身の発電で回収できる」という説から、EPTを3年を仮定し、データとして、「ようこそ我が家の太陽光発電へ」の「粗っぽい計算による勘ぐり」の具体的な数字で、エネルギー産出比を算出してみます。
「SUNRISE1号は年間平均3,130kWh発電し、年間平均1,020kWhの余剰量を産みだし」の数字を用いて、3年間のエネルギー産出量を計算すると、は3,130×3=9,390kWhで、これが太陽光発電設備生産時のエネルギー投入量ということになります。
耐用年数20年間とすれば、そのエネルギー総産出量は62,600kWh、これを9,390kWhで割れば、エネルギー産出比は、約6.6になります。
簡単な計算方法は、耐用年数をEPTで割れば、エネルギー産出比がでます。
つまり、20年÷3年≒6.6で、同じ結果となります。
エネルギー産出比が6.6というのはものすごい数字で、効率の悪いバックアップ電源を用いても有り余るくらい。
石油エネルギーなんて、すぐにでもやめた方いいというくらいのエネルギー産出比です。
そしてSUNRISE1号の場合、エネルギー投入量が9,390kWh、年間余剰電力が1,020kWhですから、余剰エネルギー9年分で、新たな太陽光発電を生産できることも示しています。
しかしこれらの数字は、発電施設を作る原料の掘削エネルギー、運搬エネルギーなどを考慮に入れていないのではないか、という疑いを持たざるを得ません。
そうでなければ、「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」の論文は、まったくのデタラメであることになります。
それにしても、 私の頭って、この程度だったんですねえ。
一度読んだ本なんて、1年も経てば、ほとんど頭から抜けているんですから(赤線はしっかり引いてありました。笑)。
EPTにはいろいろな説がある(ありすぎる)
「太陽光発電、風力発電に対する幻想」は、すべて「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」によります。
で、「太陽光・風力発電トラスト」の管理人さんからのメールで示された、EPT3年という数字は、小宮山宏さんの説、アモルファスSi太陽電池で
2.2 年、結晶Si太陽電池で2.4年というのを、「太陽光・風力発電トラスト」の管理人さんが3年として私に伝えたようです(http://trust.watsystems.net/%92n%8B%85%96%40%92%EC%93%8A%8De%8C%B4%8De.htmlの最下部)。
同じ小宮山宏さんの書いた「地球温暖化問題に答える」では、大体5年〜6年としています。
しかしこれは1995年出版ですから、今から10年も前の話なんです。
これを考えると、10年でEPTは約半分になっていますから、かなりの進歩です。
Googleで「エネルギー・ペイバックタイム」で検索しますと、出るわ出るわ。
ほとんどが約2年というところでしょうか。
恐らく、これは他から学習?で載せたものでしょう。
ほとんど、EPTという言葉の説明と、何年か、ということしか書かれていません。
メーカーのサイトだと、このEPTは、2年を切っています。
これで検索をやめようかと思ったんですが、同じくGoogleで今度は「エネルギー投入量 太陽光発電」で検索しますと、最初のページで2点、専門的なようなものがヒットしました。
一つは大規模太陽光発電実験をゴビ砂漠で行ったもので、「ゴビ砂漠における大規模太陽光発電システムのライフサイクル評価」。
これによると、10万キロワットの太陽光発電のEPTは、1.8年としています。
耐用年数を20年と仮定すれば、エネルギー産出比はなんと11という数字!
このPDFファイルのリンク元を探したら、「黒川研究室 太陽光発電システムの研究」というサイトにありました。
その親サイトは東京農工大学で、私も一時頑張って行こうかなあと思った大学でもあります。
行っていたら、きっと漁師にはならなかっただろうなあ。
もう一つは、「4.3 節 太陽光発電のエネルギー効率」というページで、ここによると、EPTは17.85年としています。
それに続く文章を少し転載します。
この、17.85年のエネルギー回収年は、単なる太陽電池パネルだけでなくトータルな発電システムを考慮し、そして間接的なエネルギー投入のすべてを考慮しながら通常の設備の耐用年数と比較可能な範囲に収まっている点で画期的な数字といえる。すなわち、一般に太陽光発電設備の耐用年数は、20年と議論されている。したがって、このことを前提にすれば、われわれの測定した太陽光発電システムは耐用期間内に、自らの設備に必要なエネルギーすべて回収しうることになるのである。化石燃料による発電システムでは、エネルギーは永久に回収できないにもかかわらず、この太陽光発電システムの場合、設備の耐用期間内にすべての投下間接エネルギーを回収できる可能性がある点で、画期的なものなのである。前節で定義した、太陽光発電の正味エネルギー効率は、20/17.85=1.12で、112%ということになるのである。
(「4.3 節 太陽光発電のエネルギー効率」)
ここでエネルギー効率で1.12という数字をはじき出していますが、エネルギー産出比と同じですね。
このページは「わしだネット」の中にあり、鷲田豊明さんの著書を公開してあるページでもあります。
私はこんなサイトが大好きです。
きっと、著作権なんて、あってもなくも良い、なんて言っているような気前のいい人柄なんでしょう。
学問上で解決してほしい
EPT比較でも、いろいろな説があり、また「環境問題を考える」サイトのように、太陽光発電はまったく話にならないという説まであるくらいですから、こりゃ、大変ですよ。
どうやったらいいのかなあ、と考える人にとっては、ホント、大迷惑。
実際に政策立案する人たちだって、これじゃあ、世論に押し流されるしか手はありません(笑)。
せっかくゴビ砂漠で10万キロワットの太陽光発電実験をしたのですから、10万キロワットの石油火力、というのはないでしょうから、キリのいいその数倍の石油火力発電設備と、建設時投入エネルギーを比較してみても面白いと思います。
発電出力を同じ規模に換算した建設時投入エネルギーがそんなに違わないのならば、これは、本当に太陽電池の原料を石油エネルギーで日本まで海上輸送し、あとは、国内で、太陽電池をジャンジャン作れば、最低でも石油延命エネルギーとして有効であるといえるのではないでしょうか。
さらに、供給の不安定な太陽光発電のバックアップ施設の効率がアップし、それを含めたエネルギー供給施設のエネルギー産出比がとにかく1を上回れば、これは使える発電方式なのです。
あとは、発電設備の価格の問題で、これは賢明な政治家がいるならば、政治分野で解決できます(例えば「自然電源促進税」などの反比例型目的税を用いて)。
エネルギー産出比、あるいはEPTの数値が、学問上で決着がつくことは、情報を得る側にとって非常に有益なことで、その数値よって各発電の必要性が違ってくると思います。
政治家への説得材料
エネルギー産出比は、非常にわかりやすい指標だと思います。
ということは、政治家その他の提灯記事を書く新聞連中にもうってつけ。
特に目をひくのは、原子力発電の石油代替性の無さ、そして延命性もない(「§8.石油代替エネルギー技術の技術評価」8-3 原子力発電)。
コスト面でも原発がダメなことは、いろんな場所でどんどん指摘されてますが、石油延命エネルギーとしても使えないのならば、それはすなわち石油エネルギーの無駄遣いでしかない。
ということは、ものすごく説得材料として優れている、と私は思います。
「自分の頭で考えよ!」
今回も「自分の頭で考えよ!」ということを、またまた痛感しました。
初めて「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」を棒読みした時は、何も考えずに疑わずに正しいものだと思い、「太陽光発電、風力発電に対する幻想」を書いてしまいました。
しかしよく読むと、この論文の「2-3-2 太陽光発電」の「e.エネルギー・コストないしエネルギー産出比(対石油消費)」には、理解できないところがあります。
エネルギー産出比を算出するにあたって、石油火力とのエネルギー・コストとの比較値をそのまま用いている点です。
石油火力は設備後にも石油エネルギーのインプットが必要ですが、太陽光発電は設備の保守以外には、設備後の石油エネルギーインプットはありません。
ですから、冒頭の定義どおりならば、簡単に石油火力とのコスト比較では、エネルギー産出比は出ないのです。
エネルギーコストを用いるエネルギーの価値判断は、すでにあちこちで語られているものであり、コストは金額換算です。
ところが、このエネルギー産出比というエネルギーの価値判断法は、飽くまで投入エネルギーと産出エネルギーの比ですから、人為的政治的な“コスト”の入る隙間はないはずです。
また、 「石油代替エネルギー供給技術の有効性の検討」の論文は、各発電方法単独で書いてあり、そこで再生産できないから、まったくダメだ、とばっさり切り捨ててしまっています。
ここでちょっとバッサリ切り捨てることをしないで、少し考えてみます。
石油火力発電施設を作る原料とて、海外産、太陽光発電施設を作る原料と同じ海外産。
日本に輸送するまでは、同じエネルギー投入量と考えていいはずです。
ということは、国内でだけの(発電施設原料の海外での生産エネルギーから日本への運搬エネルギーまでを考えない)エネルギー産出比で比較し、同規模の発電量比較で、石油火力発電を太陽光発電が上回れば、石油代替ではなく、石油延命エネルギーの役割として有効であると言えます。
国内でだけのエネルギー産出比を太陽光発電で考える場合、太陽光発電のエネルギー産出比の簡単な計算方法は、先ほど書いたように、耐用年数を掛けた総エネルギー産出量を太陽光発電設備生産時のエネルギー投入量、そしてメンテナンスに掛かるエネルギーの総量で割れば、出てきます。
(2005年1月10日)
加筆
EPTについてですが、この数値が2年前後のものは、国内でのエネルギー投入量だけから算出されていると思われます。
その計算方法の詳細は、残念ながら見つけられませんでした。
現在、海外からの鉱物資源輸送において、動力は石油エネルギーに頼っています。
これを例えば水素エンジンなんかが開発され、太陽光発電で起こした電気で水素を生産するとなると、膨大なエネルギーとなります。
このような計算すらできないような数値は、現在語られているEPTでは勘案されていません。
鷲田豊明さんのデータは古い(1992年出版「環境とエネルギーの経済分析」)ようですが、海外分の投入エネルギーまで考えて総投入量を計算しています。
このようなものは、他になかなか見つけることができません。
しかし、これとて、エネルギー換算して算出しているものですから、現実の代替エネルギーとしてどうなのか、ということを判断するEPTやエネルギー産出比とは言えないわけです。
さらに「環境問題を考える」サイトでは、何度もバックアップ施設のことを持ち出しています。
現実的に使用できる電気エネルギーを考えるならば、当然これも考えなければならないでしょう。
その点も、ネット上に散乱するEPTは、まったく考慮にいれていません。
「環境問題を考える」サイトの管理人近藤邦明さんは、今回のことで他からもいろいろな指摘、助言を受け、ダメなところは書き直そうとしています。
私はこの姿勢がものすごく大切だと思います。
いろいろな理論を展開するにあたって、その中身をしっかり公開し、クレームを受け、修正していく。
ネット上ではこれが簡単にできます。
こんなサイトは期待できます、きっと。
(2005年1月11日)
石油エネルギー投入量を考えよう
「エネルギー産出比」のことを学んでから、いや「環境問題を考える」サイトを読んでからというもの、いろんな行動や事業の投入エネルギーというものを考えるようになってしまいました。
現在、全ての事業は石油エネルギーで動いていますから。
地方の商売というのは、石油投入量が多い。
都会への販売をすべて、石油を使う輸送機関に頼っていますから。
私は(脳みそが)足りないので、ここで初めて自分のサイトの中の矛盾に気が付いたのです。
悩んでしまいますよね。
「方針変更」で書いているように、地方の活性化のため、都会から地方へカネをどんどん移動させようとすれば、自ずと、石油エネルギーをたくさん使うことになります。
考えすぎ?
「経済とはそういうものだ」と誰かが言いそうですが。
自然エネルギーで水素を作り、水素エンジンで自動車を動かす時代が来れば、これは一気に解決する矛盾なんですが、石油エネルギーに頼っているうちは、ひどすぎる矛盾です。
早く水素経済が達成されればいいのですが。
これも現在では夢の話です。
政府の景気対策も、エネルギーが多量に使われるものでしかありません。
日本の景気対策など、トリックル・ダウン経済学(トリックル・ダウン経済学については「『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』を読んで」を参照のこと)といわれる学問的な裏づけないものを根拠に行われていますから、地方や私のような末端の自営業者には、ほとんど恩恵はありません。
それならば、莫大なエネルギーを費やし、借金を増やす景気対策など、ないほうがまだマシです。
考えてみれば、身近な岩手県とか宮古市にも、明らかに、石油エネルギー無駄政策というのが見受けられますよね。
またまた「環境問題を考える」サイトから話を持ち出しますが、次の文章を私は忘れることができません。
幸いなことに石油はまだまだ枯渇しない。石油文明が100年で破壊した生態系は、石油を用いて100年で回復させればよい。
(「W.循環の再構築を目ざす『後期石油文明』 4-10 石油文明の次を考える」)
力が湧いてくる感じがしますよね(私だけかなあ?)
万能の石油エネルギーを用いて、夢じゃなく本当に持続可能で、クリーンなエネルギーを50年でかかってもいいから、“確実に”モノにしてほしいものです。
当然、森林回復も、です。
このような方向への転換を促す経済対策ならば、喜んで歓迎します。
この文は槌田敦さんの「石油文明の次は何か」の中のものですが、「石油文明の次は何か」という論文そのものも大変おもしろいものです。
当然部分的に「いや、そうじゃない!」というものもありますが、読んでみて損はないと思います。
(2005年1月12日)