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宮古サティー
脅威の盛岡イオン出店計画
酒田市の中央商店街から考えること
末広町復活への一つの考え PART T―地域通貨の導入
末広町復活への一つの考え PART U―地域通貨の方法
末広町復活への一つの考え PART V―インフラ整備
末広町復活への一つの考え PART W―ソフト
末広町復活への一つの考え PART X―ダブルスタンダード、補足
地元でモノを買うということ
末広町の土地共有化

宮古市の生協「DORA」を私は嫌いである

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宮古サティー

4月9日に、宮古市長と宮古商工会議所専務が、マイカル東北本社を訪問し、宮古サティーの存続を要望した。
宮古サティーの前身は玉木屋で、宮古初の百貨店形式の店舗。
玉木屋が撤退したのは正解だったと言うべきか。
ビル形式の大駐車場を備え、自動車社会を考えての大店舗であったが、業績の悪化は、やはりDORAの出現が大きいだろう。
宮古市の購買力はタカが知れている。
そこで、消費者運動の象徴的存在である生協に、集客力の大きな大店舗が本当に必要であったのか、改めて問いたい。
このことはすでにこのサイトに書いているが、あのような店舗の作り方では、既存の商店街であろうと、サティーであろうと、経営努力以前の問題で、競争前から勝負がついている。
生協はテナントなど入れないで、独自の商品を売るべきであり、また、便利な店舗に飛びつくのは消費者の特性なのだから、そこを宮古市の各団体も考慮すべきであった。
隣の薬王堂との相乗効果で、今後もDORAの一人勝ちは続く。

こうやって見ると、宮古市長と宮古商工会議所専務の行動は、偽善的に映る。
要望が通り、存続が決まっても、同じ結果になるだろう。
逆に駅前再生が成功しても、今度は他の商圏がその影響を受けることになる。
再度書く。
宮古市の購買力は知れている。
商工会議所なら、どれほどの購買力があって、どれほどの店舗が理想なのか、それぐらいわかっているはずだ。
商業活動が「競争」するものだろうから、当然勝者と敗者がでることになる。
敗者は倒産、または閉店である。。
競争社会に市が出てきて「存続を」と言っても、市民感情を理解するフリの単なるアピールに過ぎない。
ここで市がすべきこととは何だったのか?
「競争」の結果を予測して、このような「一人勝ち」を許すようなことを排除すべきであった。

今、宮古市で一人勝ちと言えば、DORAと市役所だろう。
関係者はこの意味をよく考えてもらいたい。

DORAの出現は、中央商店街または一般の零細店舗を圧迫している。
これは宮古市にとって憂慮すべき問題だ。
新たな消費者運動の位置付けとして、宮古市の産業、雇用を考えるなら、地元商店または既存の商店街の利用を促進すべきだ。
DORAばかり利用すれば、宮古市民自らの首を締めることになる。
それを市民も考慮すべきだ。
(2002年4月12日)



脅威の盛岡イオン出店計画

大規模店舗出店で何が起きるか?
これは身近に起きている問題で考えればわかります。
彼らの目的は何なのか?
自由主義にもとづく地域の富の搾取で、国内のグローバリストと形容しても良いと思います。
それ以外に彼ら出店側は、地域に対しては何も考えていないはずです。
もし、盛岡市が地域のことを考えているなら、八戸で何が起きているか、考えるべきです。

先日、八戸に行った際、「デーリー東北」という新聞を読みました。(私は他地域に行けば、必ずローカル新聞を読みます。)
その中で、中心商店街の”地盤沈下”が伝えられています。
その背景にあるのが郊外型SC(ショッピングセンター)の台頭であるのは言うまでもありませんが、そこでもやはりイオンの影響は大きいと言わざるを得ません。
イオンはここでは少し置いておきます。

1990年に、ラピアという八戸初の郊外型SCが誕生し、そのテナントに長崎屋が入り、実質これを契機に中心商店街の長崎屋は撤退しています。
その後の中心商店街は衰退する一方です。
長崎屋が抜けて、残った大型店は、八戸ビブレ、三春屋、イトーヨーカドーの3店で、しかし、ヨーカドーも郊外型SCとして、もう1店「ピアドゥ」を開業します。
ヨーカドーの会長は「ヨーカドーがある限り、中心商店街からの撤退はない」と言明していたにも関わらず、今回撤退することになりました。

さて本題のイオンですが、これはイオン下田SCとして、八戸から北に位置する下田町に1995年に進出しました。
青森県内最大規模だそうで、そこにはボーリング場あり、温泉あり、パチンコあり、映画館ありで、何でもありです。
実際に私は行って見物しようとしましたが、ものすごい混雑だったのでそのまま引き返しました。

八戸には、驚いたことに映画館がほとんどないのですよ。
小中野地区に成人映画館が1店あるだけです。
ところが下田のSCにはたくさんあります。
八戸の映画館はほとんど倒産か休館に追い込まれたのを考えると、イオン下田SCの影響がなかった、という人はまずほとんどいないでしょう。
八戸と下田の間の道路はなぜか非常にいい道路で、ほとんど4車線です。
それでも週末になれば混雑します。

これらを見れば完全に、客は郊外へと流れているのがわかります。
これは何がもたらしたものなのか?
当サイトを読んでいれば分かるとおり、自動車社会の恩恵がもたらしたものです。
道路建設が後押ししたのは言うまでもありません。
便利な道具が、結果的に自らの地域を衰退へと追い込む。

さて、盛岡イオンはどうなるか?
(2002年4月25日)



酒田市の中央商店街から考えること

酒田市立資料館を訪ねたところ、酒田市は人口10万人で、大火の街だった、ということです。
私の小さい頃の記憶にある酒田の大火は、昭和51年10月29日だそうで、現在の中町という地区一帯がほとんど焼けました。
当時から、商店街はアーケードで整備されていて、この大火の原因がアーケードにある、ない、の二つに分かれた論争のこと、かなり昔から火事の広がりやすい街であったこと、そして、風が強く吹く地形が大火の最も大きな原因であるということなどが、資料館には展示されていました。
この昭和51年の大火の後、中町(なかまち)はきれいな商店街になりました。
アーケードが再生され、自動車の乗り入れができない路地も、きれいに整備されています。
宮古市の末広町と比べたら、もう天と地の差があるくらいです。

新潟も、古町にしろ、万代シティーにしろ、駅前にしろ、現代的な商店街です。
新潟と酒田と比較すると、やはり都市の規模を語らないと話になりません。
で、後述しますが、残念ながら現在の社会状況では、私が指摘しているように、既存の商店街の努力以前の問題が横たわっています。
はっきり言って、わが宮古市の末広町商店街は、市民の消費者意識が変わらない限り、いくらカネをかけて整備しても復活しません。
これは、同じような商店街を持つ、中・小都市すべてに言えることです。

新潟は日本海随一の都会で、人口も多く、50万都市(聞いた話です)だそうで、商店街には若者がたくさんいます。
おばさんもおじさんもたくさんいるわけですが、ほとんどの人は移動手段は徒歩、バス、自転車です。
自転車は特によく目につきましたね。
このローテク手段の人たちが、ほとんど自家用車を移動手段としたなら、いくら公共工事王国の新潟でも交通政策はパンクします。
このように都市化が発展しているからこそ(それが理由であるかどうかは厳密には私にはわかりません)、基本的なローテクな移動手段を市民が選択しているのかもしれません。
東京など大都市はそうですよね。
ほとんどの移動手段がいろいろな種類の鉄道、バス、徒歩です(駐車場の問題も当然あります)。

ところが、宮古でも酒田でもどちらでもいいんですが、田舎ほど、猫も杓子も自動車です。
家族1台じゃなく、1人1台です。
宮古なんかは親バカがかなり揃っていて、親が息子・娘に「買ってあげる」のがどうやら流行らしく、渋滞すればみんな文句を言うし、歩こうとしない。
渋滞解消とか、交通格差是正とか何とか言って、道路建設をし、さらに自動車利用を促進する。
こんなわけで、移動の時に一人当たりの費やす石油エネルギー消費量は、都会に比べると、宮古はものすごく多いはず。
結果、一人当たりの二酸化炭素排出量も、完全に都会の住民よりも多い。
いつだったか新聞の投稿欄に、高齢の方の投稿で「100mぐらいの距離にある店にまで車で買い物に行く」と嘆いていたものもありました。
ホントそうですよ。

まあ、重茂とか崎山とか遠い人に全部バスを使え、というのもあまりに酷ですから、ここでぜひ末広町の駐車場を使って、そこで歩いてショッピングをしてほしい、あるいは食事でもいいし、喫茶店でくつろいでもいい、いきつけの店を一つでいいから作ってほしいです。
大駐車場完備の大型店ごとの車での移動を考えると、エネルギー消費の面からみても、商店街で歩いて買い物をするということは理にかなっています。
たとえ商店街の駐車場まで車で行ったとしてもです。

ここでもっと話が脱線しますが、年をとるにしたがって足は弱くなります。
したがって特に定年退職した人ほど、自家用車の利用は控えるべきです。
退職した人は時間はたくさんあるんですから。

酒田市でも、中央商店街がいかに立派に整備されても、空洞化は進行しています。
田舎者の得意な、自家用車を利用して買い物を利用するという事は、どう考えても郊外型の大駐車場完備の大型店が有利になりますから、宮古市や八戸市と同様に、酒田市の中央商店街も、郊外型の大規模店に客を奪われ、中町は3分の1ぐらいは空き店舗、さらに中町から駅前にかけてのアーケードの商店街は、半分が空き店舗になっています。
山形近郊の田舎町に住んでいる人にも聞いてみたのですが、山形市でさえも郊外に大型店ができて、中央商店街の空洞化が起きつつあるとのことです。
地域の雇用を考えるなら、そして地域全体の経済を考えるなら、郊外型の大型店は本当に必要なのか、ということを考えざるをえません。
単に大きい店があればいいという願望は、地域社会、そして結果的に自らの首をしめることになります。
郊外型大型店の推進役となる自動車社会もまた、温暖化問題、エネルギー問題が解決していない現在において、「仕方ない」では済まないと思います。

さて、宮古の末広町振興策で、思い切って区画整理し直し、新しい商店街を建設するしかない、という意見がありますが、今まで書いたことから考えると、無駄でしょう。
自動車社会を肯定し続ける限り、それを前提とした消費活動を消費者が支持している限り、本当に無駄な事となります。
唯一考えられるのは、DORAを打ちのめすような大型のショッピングモールしかないでしょう。
つまり、どちらかが必ず潰れます。
それほど宮古には購買力がないと私には思います。
街づくりを考えるにあたって、「持続可能な」という考えを持ち込まないと、あの苦労、あのカネ、あの時間はなんだったのだろうか、という悔恨しか残りません。
「創造しては壊れるのが歴史だ」というのは、まあ否定はしませんが。

「あなたは末広町商店街に魅力ある店が並んだとして、ゆっくり歩いて買い物をしますか?」との問いに「Yes」と答える人が何人いるでしょう?
商店街が混雑したら、今みたいに路上駐車して買い物は絶対にできなくなります。
ショッピングに対する認識、時間に対する認識、自動車利用に対する認識、グローバル資本に対する認識、社会全体に対する認識を変えないと、地元商店街の復活は望めません。
これらを考えた「消費者側の応援」が、公じゃなく、単なる市民の消費者行動であれば、これは一つのNGO、NPOの行動と同じである、と言えます。
普段、NGOとかNPOとかいえば何かものすごいエライことのように感じますが、実は個人レベルでの消費者運動もNPOの行動と同じことだと私は思うんですが・・・。
(2002年7月11日)



末広町復活への一つの考え PART T―地域通貨の導入

宮古市末広町の復活は、当事者の努力が最も必要なのは言うまでもありませんが、しかし、その努力をしても無駄なくらい、それに立ちはだかるものの存在を、私は再三にわたって指摘しています。
「アイディア出せ」とか、「やる気があるのか?」とか、まあ、いろいろ言いたい人もたくさんいるようですし、ここで私なりに考えてみました。
ヒマな方は少しお付き合いください。

まず最初に、自動車社会の問題、つまりグローバル主義のもとに、大駐車場を完備した大規模店への対抗手段を考えなければならないと思います。

私は、当サイトの中で、自家用車から自転車利用促進、公共交通機関利用への転換手段として、ガソリンなどの燃料に税金を重く掛けることを提言していますが、この政策は結果的に郊外型店舗の否定となります。
ということは、商店街にとっては有利に作用するわけです。
消費税みたいに単純に10パーセントとか、20パーセントとか、市で税金を掛けるわけです。
市の収入になった税金は、自転車道の整備(どうなっているのか、今、宮古市では一生懸命工事してますね)、公共交通機関への補助、そして、課税によって損害を被る産業の転換資金にまわすとか、いろいろ利用できます。
この一部を末広町のインフラ整備に使うのです。
今の宮古市民はどれくらい末広町を重要だと思っているのか知りませんが、もし、ほとんどの人がそう思っているのなら、異論はないと思います。
で、このガソリンなどの燃料に掛ける税金(面倒なので贅沢税とします)を地域通貨でも支払い可能とすることにします。

地域通貨を導入するには、単なる交換手段としてだけでは弱い動機です。
交換手段だけなら、今の「円」でも十分です。
そこにはもう少し強い導入目的が必要となります。
環境向上と地域の輪とでも申しましょうか。
たとえば、何か引越しの手伝いでも、まあ、何でもいいんですが、そのようなことを手伝った時にお金(円)を貰うのは気が引けて受け取らない、しかし、地域通貨ならいいか、ってことはよくあるらしいです(導入した地域の事例から)。
「何とお礼を言っていいのか」とかいう場合、良識ある人はお金を受け取らない、しかし、地域通貨なら・・・。
これが地域通貨のいいところです。
また、地域の環境問題解決手段にも用いられます。
ゆえ、「エコマネー」とも言われます。

もし市自体が、地域の商店街または商店を重要と認めるならば、そこに地域通貨の流通を認め、そこで取引した地域通貨で、贅沢税を支払うことを可能とすれば、「円」に執着がある人(つまり円を貪欲に貯めたい人)は、地域通貨で贅沢税を払おうとするようになるでしょう。
そのような人たちは、贅沢税支払うために、地域通貨でモノを売るようになり、または、地域通貨でサービスを提供するようになります。
逆に言えば、地域通貨でモノを買い、またはサービスを受けるということが容易になり、地域通貨は循環します。
通貨が循環すれば、それだけ経済が活性するわけですから、地域にとってはいいわけです。
ここで、市が贅沢税として徴収した地域通貨は、市の備品でもいいし、消耗品でもいい、それを地域通過の流通している場所で市が使えば、帳簿上は足し引きゼロとなるわけです。
足し引きゼロというのは、地域通貨の概念です。

交通量の制限は、環境に対して貢献が大きく、また、これを商店街の活性化へとつなぐために地域通貨を提言しましたが、地域通貨の目的は環境だけでなく、福祉にもあると思います。

で、さきほど、贅沢税という税金にも使えるとすると、法律上の問題が出てくると思います。
私は個々の法律には非常に疎いです。
というより全く知りません。
しかし、法というのは、目的や思想あっての法。
私は今書いたような目的のもとに提言しているのですから、それが良いと認められるならば、それなりに法律はできると考えています。
それを遂行しようとするのは、私の領分ではありません。
この領分の方は、少し御一考を。
(2003年2月21日)



末広町復活への一つの考え PART U―地域通貨の方法

地域通貨というのは、札とかコインとかの有形物の通貨は一般的ではありません。
今はインターネット全盛ですから、それを利用しない手はない。
私の蔵書の中の「地域通貨入門」では、インターネット口座の事例を載せています。

最初に地域通貨を管理する事務局をどこにするか、ということからですが、地域通貨を末広町だけに限るならば、末広町の代表組織にすべきです。
が、私はすでに先の稿で「もし市自体が地域の商店街または商店を重要と認めるならば」と書いていますので、市を事務局とすることとします。
実は、市を事務局としますと、ものすごく都合がいいのです。
というのは、この事務経費を宮古市で負担できるからです。
その負担金は税金でもいいし、先の贅沢税でもいいですし。
「おまえ、それなら大きな政府になるんじゃないか」というお叱りを受けるかもしれませんが、それはそれでいいんです。
もともと私が「小さな政府」を唱えるのは、自立心を一般の人々に促すためなので、このような地域通貨は身近に自らの“通貨”を管理するという自立心の育成にもなるからです。
そして、通貨であるからには、貸し借りをしっかりしなくちゃいけないから、ものすごく責任が大きくなります。
それが信用を育てます。
もともと通貨というのは信用なくしては成り立ちません。
自分たちの通貨を使い物にならなくしてもいい、という人はいないでしょう。
それを守るために、利用者各自に責任が芽生えると思います。
これは社会にたいする無責任主義、無関心主義(知らず知らずに日本人はそうなっています)にも少なからず影響を与えるでしょう。

事務局を市にして、市は市の構成員全員に個人のカードを発行します。
参加事業者はネット端末で、市の地域通貨管理サーバーに接続し、カードで口座確認、利用記帳するという具合にするわけです。
今回の提言の場合、末広町商店街、その他の地域の商店、ガソリンスタンドの参加は必須事項です。
システムはデビットカードに似ていますね。

身近には盛岡市の映画館通りの地域通貨の事例を参考にしてもいいでしょう。(盛岡のは有形通貨のようです)。
ネット検索でも出てきますが、近くですから実際に見学してきてもいいと思います。
盛岡市の場合は、ゴミ拾いをした人に地域通貨を与え、そこから始めています。
この始まりが一番問題です。
これについても、「地域通貨入門」を読めばいろいろ事例が書いてあるので、非常に参考になると思います。

私の地域通貨を扱ったページでは、地域ごとにさまざまな地域通貨を試すのがいいと書きましたが、本当にそう思います。
たとえば、マイナス利子通貨などは、ぜひやってみてもらいたいです。

今、宮古市、田老町、新里村で、合併話が進んでいますが、合併特例法目当てではなく、「合併する前に別の地域通貨を各自治体ごとに試すこと」を前提として合併する、とかいうようにできればなあ、と思ったりします。
そして、うまくいったもの、よりよく改良されたものを使う。
地域通貨はテスト通貨でもあると思います。
それがテスト通貨でなくなった時が、本当の通貨になります。
そうなったときの地域社会というのは、自立できるかもしれません。
(2003年2月22日)



末広町復活への一つの考え PART V―インフラ整備

贅沢税からインフラ整備の費用を捻出することを最初に書きましたが、タラソテラピーのように起債事業としてもいいでしょう。
贅沢税という税収が見込まれるわけですから。
また、どうせ財政は破綻するなら、地域通貨を育てられるようなインフラ整備に使ったほうがずっといいでしょうし(この考えはもっと拡大すれば、アイディアは無限です)。(笑)

DORAやジョイスに対抗するには、末広町は大駐車場の確保、ある程度の道路整備などのインフラ整備が絶対に必要です。
まあ、これらを整備しても、商店街側の努力がなくては何にもなりませんが。

私は、今の末広町の道路はそのままでいいと思います。
通行するのはバスだけにし、あとは歩行者天国。
駐車場は今のトキワザ駐車場近隣をもっと大きくし、また末広町をはさんで反対側の長谷川駐車場近隣も大きくし、駐車スペースを確保します。
つまり、末広町と中央通の境を、駐車場のゾーンにするわけです。
駅前はあのままで十分でしょう。
わかりやすい駐車場の確保は、人の気持ちをゆったりさせます。

末広町の商店街への物資の搬入はどうするのか?って。
そう、そこで考えついたのが、裏通りの建設。
今の大通りと末広町、末広町とニ幹線(字が違うかも)の間にもう1本ずつ細い道路を通して、業者住民兼用道路とします。
インフラ整備はこれだけ。
といってもかなりの金がかかりますね。
ニ幹線側は小さな川がありますが、それを利用して道路を作ります。
川の上に作るのではなく、川の側に作ります。
そうすれば、そこを散策、まではいかなくても、もしかして鮭が溯上するのや魚を見ることができるかもしれません(それぐらいキレイになればいいですね)。
ニ幹線側は比較的空いている場所があるんですが、問題は大通り側の方。
あっちは過密で、どこかの家屋をかなり移動しないといけない。
道路を作る費用より、そっちのほうが金がかかります。
この方法はかなりの地権者の同意がないと実行できません。
しかし、今のままでは・・・。

ここで大負けして、この業者住民兼用道路は作らないという条件で考えてみましょう。
そうすると、末広町の通りはバスのほかに業者にも通行許可を与えなければなりません。
これが問題で、通行許可の基準を厳しくしないと、一般車両も通行し始めます。
厳しくすると「あ〜だ、こ〜だ」と難癖をつける輩も出てきます。
が、そんな人はどっちみち、まともに考えてない人ですから、相手にしなくていいと思います(でも、そんな人が多すぎるから困るんですよね)。
逆に言えば、こんな人たちがいるからには、地域通貨とか、贅沢税とかいうのは、「どうしてこんなことをしなければならないのか?」ということを、市民がしっかり理解しないと無理ですね。
これだと、駐車場の大整備だけで、ハード面の整備はできます。

先ほど、末広町をバスだけ通すと書きましたが、このバスを循環バスにし、ワンコインバスにします。
最近は市主導で、遠野市がやっていますね。
しかも定期券などを発行し、一度払えば何度乗ってもタダみたいなものを作れば、これでもう、気軽に循環バスに乗ってショッピングができます。
終わったら、駐車場に行ってマイカーで帰る、ってなぐあいで。

あとはショッピングを楽しむというようなソフトのさえ揃えば、文句なしです。
(2003年2月23日)



末広町復活への一つの考え PART W―ソフト

前回は、ハード面のインフラ整備について触れました。
今日は、そのハードに対するソフトです。

商店街には、子供に魅力あるソフトが必要です。
いっぱいお金を使うのは、やはり家族で街にくりだす時でしょう。
しかも子供がいると、子供の特別仕様の買い物も多くなります。
大人は、自分にはそんなにお金を使いませんよね。
私が小さい頃、末広町の今の小成園のあたりに、オオタおもちゃ屋さんがありました。
確か、子供の乗り物もあったような気がします。
子供がちょっとでいいですから、遊べる場所が必要です。
そう、「あの乗り物に乗りたい!」とか、「あれをやりたい〜」というもの。
子供って、一つのものが目に入ると、それに執着するんですよね(子供がいないくせに!)。

最近雪ばかり降ってます。
宮古や今から春にかけて、まとまった雪が降ることがあります。
商店街の各店で、少し早起きして雪だるまをたくさん作れば、子どもたちもそれを見たい、と、ねだるかもしれません。
これも歩行者優先の道路利用あってのことになりますが。

次のターゲットは年齢の高い層。
福祉とか何とか、一生懸命言う人がいます。
しかし、福祉は、手取り足取りだけが福祉じゃないと思います。
年寄りもある程度、自立心を持って、今後の人生をどう生きていこうかとか、社会に貢献しようとか、そのような考えを持たせる場というのが、福祉には必要です。
その一つに生涯学習があるのは周知ですが、この企画はたいていは単発です。
それを生涯学習学園でもいいし、まあネーミングは何でもいいですが、そういうものを末広町近郊に作るんです。
生涯学習ですから、中年でもいいでしょうし、誰でもいんです。
たとえば、インターネット教室など。
講師は有志。
私でもいいですけど(笑)。
講師にごく一般の素人を使えば、結構面白いと思うんですよ。
それぞれ持論もあるでしょうから。
「わが町」サイトのサーモンネットの数もたくさんありますから、その方々を日替わり講師にしてもいいでしょう。
私なんかは、学生時代に、フォートランという今は無き言語で、プログラムいじってましたけど、10年以上のブランクはきつく、プログラム作成なんてもうできません。
あの当時は、今、隆盛を誇っているC言語がようやくできた頃でした。
私ももう中年ですが、このような下地があったから、簡単にこの変なゲイツOSをいじくれるわけです。
が、まったく知識がない人は大変だと思います。
そんな人たちが、会社が終わった後、生涯学習学園で勉強し、帰りにその辺の店をのぞいたら、たこ焼きや旬の果物なんかが目に入って、買って家に帰るとか、あるいは受講したお隣さんと意気投合して、末広町近辺の飲み屋で一杯とか。
まあ、今の後ろのはちょっとはずれましたが、しかし、商店街の裏側にある大通り(裏側が“大通り”という名称は不思議)に、飲食店がたくさん控えているのは恵まれている、と私は思います。
生涯学習学園は、インターネットだけでなく、まあ、何かうまいものを披露したい人が、講座を開いてもいいだろうし(前に鮭ラーメンとかテレビでやってました)、イベントの開き方講座とかも面白いんじゃないかなあ(毛がに祭り失敗から)。
こんなふうに、一般からの有志を講師にすれば、人件費はタダですし、学園管理者もほんの数人でできます。
しかも地域通貨が流通していれば、これもいろいろ利用できますし。
まあ、講師をする人が宮古市にいるかどうかが問題といえば、問題ですが。

次は女の人をターゲットに。
いくら男女同権の時代になっても、お母さんになると、女の人は大変です。
そんなお母さんのために、商店街に託児所を設けます。
支払いは当然地域通貨。
子供を一時預かってもらうのに、お金を払うのは少し抵抗がありますよね。
子供とお金が同格なような気がして。
ところが、地域通貨はそんな通貨ではないですから、地域通貨ならまあいいかって感じで。
託児所の費用は、地域通貨に見合う円でもいいでしょう。
それは地域通貨事務局を中心に、負担者を決めればいいですね。
こんな託児所ができれば、ちょっとしたおしゃれに余裕を持って、時間を使うこともできます(でもなあ、今はそのまま子供を置いていく人もいるかもしれないなあ)。

でも、最後は魅力あるお店があればの話になります。

マルホン商法も見習うことも必要ですね。
マルホンに限らず、薬王堂やホーマックもそうですが、激安品は単独では赤字です(たぶん)。
しかし、その激安品を目当てにお客さんが買いに来て、その他、目についたものを来たついでに買っていく、そんな販売戦略で、彼らは収益を上げています。
商店街なら、もっと効果がありますよ。
毎日、日替わりで別の店で激安で赤字の商品を売るわけです。
日替わりですから、それほど店単体では負担になりません。
お客さんが商店街を歩くわけですから、他の店頭に目がいかないわけではないはずです。
それが狙い目ですね。

地物の旬のトマトを食べたことがある人はわかると思いますが、あれは非常にうまい。
子供の頃、その辺の畑で取れたトマトの味です。
地物の野菜は、魚菜市場にはたくさん転がっています。
これを利用しない手はない。
地元産は、優先的に地元商店におろすとか、そんな感じの地域のつながりを重要視してほしいです。(これはかなりの理想論ですが)

商売の面については、真面目に考えれば結構出てくると思うんですけどね。

末広町に一つ提案です。
買い物客に対するアンケートを実施してもらいたい。
DORAに行ってでも。
「ショッピングをする時にどういう基準でDORAを選ぶのか?」
ありきたりの回答が多いと思います。
しかし、意外なヒントが見つかるかもしれません。
(2003年2月24日)

加筆
生涯学習について、この後の広報「みやこ」に掲載されましたが、残念ながら、開講される場所は点在していて、末広町にはあまり関係ありません。
(2003年5月4日)



末広町復活への一つの考え PART X―ダブルスタンダード、補足

一つのモノに対する価値というのは、人それぞれです。
したがって、地方のそれも違うはず。
都会と田舎ならもっと違いますし、ニューヨークと宮古では話にならないくらい違うでしょう。
電気のない地域では、ウランは全く無価値(それを売る話は別として)。
純粋なクリスチャンにはコンドームは無価値(意味がわからないかも?)。
そんなぐあいに地域によって、そして、立場によって価値は異なります。
私はここでせっかく、地域通貨のことを書きましたから、従来言われている地域通貨を、もっと通常通貨に近い使い方に発展させてもいいと思います。
前回で地物トマトのことを書きましたが、地物に関しては「円」より地域通貨で買う場合は安くするとか、ということができると思います。
もし地域だけでカネが循環するのであれば、地域の経済は安定します。
この経済の安定が望めるのならば、たとえ「円」での取引より利益が少なくても、地域通貨での取引をしたほうがよい、と考えてもいいと思います。

冬のタラ(マダラ)の値段を観察すると面白いです。
12月の25日か26日頃を境に値段は下がります。
それ以前は東京市場での売りが可能なので、タラの値段は非常に高い。
ところが、それを過ぎると半値となります。
タラのさばかれる市場が、宮古とか盛岡だと、高い値段のタラは誰も買わないのでしょう。
このときの値段が、宮古地域の経済に見合った価値です。
実際には、いくら高値をつける時期でも、宮古にはタラはちゃんと出回ります。
恐らくその辺は、仲買人の良心も幾分あると思います。
損するわけではないんですよ。
比較しての損ばかり考えているわけではないんだ、と私は良く解釈しています。
加工屋さんの中には、できるだけ地元産の魚だけを扱いたい、という立派な方もいます(当然、逆に、金儲け主義一辺倒で、どこのものであろうと安いものに飛びつき、ただ商品をまわす、というグローバルな考えの人もいます)。

そんなわけで、東京での価値と宮古での価値、この二重の価値を表現するものがあってもいい、つまり「円」と地域通貨の二本立ての取引があってもいいと私は思います。

最後に補足です。
商店街の形成についてですが、今の「花の木通り」の末広町とニ幹線の間は、粋な店が並んでいます。
これが、魚菜市場まで続けて商店街が形成されれば、前に書いたワンコインバスの巡回コースになります。
宮古駅から魚菜市場を通り、花の木通りをまっすぐ山崎カメラさんまで行き、そこから末広町を北へ、そして藤田屋さんの交差点から右に曲がり、あとは既存のバス路線を宮古駅まで。
そうすれば、魚菜市場の大駐車場も生きてきます。
そこからワンコインバスで、商店街を周遊できるからです。
市が本当に応援するなら、今後、公共の施設を作る場合、これらのバスが周遊するコースの近辺に作ることが望ましいですね。
必ず「交通が不便だ」という人がでてきますが、そこはそういう人の理解不足ということにしましょう。

地域通貨に対する私のこの考えは、単なる思い付きです。
ゆえ、今言われている地域通貨からは、かなり逸脱しているでしょう。
しかし、少しはヒントになるものがあったらなあ、という気持ちで書きましたから。
その辺は理解をお願いします。
(2003年2月25日)



地元でモノを買うということ

今日は掲示板での書き込みからひらめいたことを書きます。
最初に、前座の今は無き「末広町井戸端掲示板」の話題から。

この掲示板の中で、末広町の酒屋さんにつけられたクレーム(私ではないですよ)から思いついたことです。
掲示板では、酒の管理をしっかりしろ、とのお叱りで始まり、欲しい酒もないから盛岡まで買いに行く、という話が書いてありました。
管理の悪さの指摘は店に直接話をすれば済むことであり、そして、それに対応しようとしない店側は、商売人として失格でしょう。
で、私が問題とするものは、欲しい酒というニーズに対して、店側がどう応えるかにあり、その方法論です。
個々のニーズに対応するには、店のほうで注文を簡単に受け入れることのできる体制を作ることが必要になります。
掲示板では、ニーズにあった商品を揃えればいい、という意見がありましたが、個々の好みは千差万別で商圏人口の少ない宮古で、そのさまざまにニーズに対応することは難しいと言わざると得ません。
流行の商品を仕入れても、在庫を抱えてしまっては話になりません。
それよりは、どんな注文にも応える体制を作って、迅速に仕入れを行うほうが理にかなっています。
注文する側は別にネットじゃなくとも、電話や口頭などのローテクでいいわけで、そこに世代間格差は存在しません。
店側の注文を受けてから仕入れまでの時間短縮にこそ、ネットを利用することに意味があります。
恐らく酒などは、ある程度の流通機構は固まっているでしょうから、その流通を利用すれば店側の負担はほとんどせずに済みます。
当然、店側は、カタログや商品の情報提示などを積極的にしなければならないのは言うまでもありませんし、商品の情報収集にかなりの努力をすべきです。

先の掲示板で、私は宮古書店の例を挙げましたが、恐らく書店もオンラインで問屋に注文していると思います。
以前は本の注文は2週間ほどかかりましたが、今では早いものは1週間かかりません。
「翌日ほしい」という人は贅沢です。
岩手は「スローライフ」宣言(頑張らない岩手宣言ですが、勝手に私はこう解釈します)をしていますから、1週間ぐらいは待ってもいいでしょう。
待つことは楽しみの一つです。
そういうことにしましょう。
「スローライフ」がわからない人はネット検索でもしてください。
このサイトのどこかにもあります。

で、この地元の店に注文して、そこで買うという行為は、地元にお金を落とすことができる一つの方法ともなります。
わざわざ盛岡まで買いに行くとなると、時間と労力、車を使うならば燃料、そして、それに伴うお金を費やすわけです。
しかもそのお金は、買い物をするという行為で、盛岡へ移動するわけですから、宮古からの資金流失となります。
地域の活性化のためには、この辺に重要なヒントがあると思います。
これは次の二つ目の掲示板からのネタに関連します。

リンクサイトの「うみねこねっと」さんの掲示板で、「わいわい掲示板」の「宮古に帰りたい!」スレッドを参照してください。

http://umineko.net/mtbbs/mtbbs.cgi?mode=view&no=18&list=all

この中で、途中に宮古市のお金の出入りのことを書いています。
特に「うみねこ01」さんが、気になることを書いていました。
気になる、といっても悪いことじゃありません。
理解のしかたとして、私は「いいなあ」と思ったので、今日ここで取り上げます。
まず、年間70億円の資金がパチンコ屋さん経由で市外に流出している話(これにはびっくりですよね)から、次のような言葉が出てきます。

「貿易みたいに考えると、宮古市は他の都市との取引きにおいて黒字になることが、経済的な発展になります。」

この考えは、非常に重要だと思います。
これを国の枠で示しますが、日本の対米黒字は巨額です。
米国以外を含めればさらに巨額で、毎年兆の単位で外国から利益を得ており、1998年から2000年までは毎年10兆円以上です。
これが金融資産600兆円の生みの元となっている、とも言われています。

宮古市外に資金流出する商売は、パチンコ以外にも結構あるんだそうで、宮古市にカネがなくなるのもそう遠くありません。
ところが全面的にそうではないわけで、うみねこ01さんの同じレスで宮古市の金型工業などに利益が必ずありますから、それらの対外的な儲けが宮古市の資金の流入になっているのでしょう。
で、その同じレスで、基幹産業が水産業から金型やその他に移ったとしていましたが、資金の流出入で考えればそうでもありません。
工業製品は原料を現地で調達しない限り、どこでも加工貿易です。
それゆえ、工業の分野での資金の流入は、単に従業員の給与と会社の儲けだけとなります(本社が他地域だと、従業員の給与だけ)。
ところが、漁業はそうではないんです。
特に地元船の水揚げ、あるいは地元産の養殖海産物、さらにそれらを地元で加工し中央市場でさばけば、宮古市単独でかなりの資金流入を獲得することになります。
原料は地元ですから。

この資金流出入の考えから、やはり水産業の隆盛は、宮古市にとって計り知れない経済効果となるわけです。
私としては、この貿易的な儲けというのはあまり好きじゃないんですが、現実はこのようなものなのでしょう。
今の話、工業系と水産系との金額の格差があまり大きければ、それは話になりませんが。

それにしてもパチンコ産業の資金流失額70億はもったいない。
そこで一つ、ものすごい迷案を思いつきました。
パチンコを宮古市でやるんです。
笑っている人がいたら、その笑う理由を私に教えてください。
石原都知事はどういう目的で「カジノ構想」を言っているのか知りませんが、私の場合は地域活性化のためです。
私はギャンブルを推奨しているわけではありません。
むしろあんなものするな、と言っているほうです。
だって、金をむしりとられるのをわかっていて、カネがなくなるまでパチンコに行くのは、バカとしか言いようがないですから。
付近にはサラ金も待っています。
家庭内ではきっとお家騒動でしょう。
さらにタバコの煙だらけで、健康上非常によろしくない。
タラソテラピーに、このようなパチンコキチガイが行っても、効果ありません。
「パチンコ台を自分で購入してやったらいいじゃないか」と助言すると、「取ったり取られたりするから面白いんだ」と変な理屈が帰ってきます。
どうせ中毒なんだから治せない。
それならば市民がパチンコで負けるという現実は治しようがないとあきらめて、せめてその資金流失を防ごうということから、市でパチンコ店を経営するんです。
なにせ税金でパチンコ屋を建てるんですから、鬼に金棒で、しかも回収率は高いとくれば、市の財政は一気に好転します。
他のパチンコ店と競争すれば絶対に勝ちます。

森巣博著「神はダイスを遊ばない」では、パチンコギャンブルの控除率を80%と言ってます。
この控除率とは「事前に取られるお金」と理解され、俗にいうテラ銭回収率と言い換えてもいいかもしれません。
その控除率をかなり落とし、対抗店から客を奪うのです。
市の資金は税金ですから、何でもできます(ちょっと乱暴ですが)。
そこで対抗店が撤退したら、そこでジャンジャン回収に励めばいいのです。
簡単ですよね。
そうすれば市の収入は増えますし、あるいは回収率をそこそこにして、パチンコ中毒者の懐をあたため、市内の飲食店に10億ぐらい落としてくれれば、文句なしです。
70億ですから。
あ〜あ、もったいない。
これを採用するかどうかはかなりの勇気がいると思いますが、資金の流出入を事前に説明すれば、みなさん納得がいくと思います。
しかも現パチンコ店の資金は国外へ行く、という噂もあるくらいですからね。
県をみれば公営ギャンブルをやってますよね。
敷居は低いように思いますけど。

「自由市場に口出しをするな」という意見もあると思いますが、この案は資金流失を防ぐ一つの地域活性化策です。
しっかりとした目的を持って自由を制限することが、政治の役目、自治体の役目です。

同じレスで、通販の資金流失も同額という噂も書いてますが、これも実は最初に挙げた地元店の注文販売で克服できます。
しかし、一番の問題は仕入れ経路の確保でしょうね。
製造元あるいは問屋筋をどれだけ納得させ、商品を確保するかにかかっています。
通販分70億の半分でもいいから、市内に落ちるとしたら、どれほどの経済効果になるのでしょう。
資金の流出入を考えれば、地域経済の活性化にはもっとアイディアができてきそうですね。
今日のは突飛な提言でしたが、これからさらに別の考えが導かれれば幸いです。
(2003年5月14日)



末広町の土地共有化

私は以前、熊坂現市長の登場する本「自治体経営革命」の商店街の関する記述を、グローバリズムを考えていないとの理由から、「ぜんぜんダメ」と書きました(「自治体経営革命」を読んで)。
今、読み直してみると、私が書いた文章は説明不足で、まあ、その稿があまりに長いもので書くのも飽きたのでしょう(笑)。

この本では、商店街の存在意義をものすごく重要視しています。
存在意義を考えることこそ、この章の題名「中心市街地活性化はなぜ必要?」の答えとなるものでしょう。
考えられる存在意義は、ほとんどはすでに他のものに代替できる役割でしかない、と本には書かれています。
私はその存在意義を直接考え出すのではなく、現状の反省から考え出す立場をとります。
大型店は効率性を追求するがゆえ、総合的にみれば雇用は減少します。
商店街は逆に非効率だからこそ、大型店よりは確実に雇用はあります。
しかも大型店というのは事業に見切りをつけるのが早いですから、撤退する時は簡単に撤退します。
地元の雇用なんて関係ないんです。
これは、世界にまたがって商売するグローバル企業となんら変わりはありません。
それなら、自分の地方を守る方策として、商店街を助ける方策を練ってもおかしいはずはありません。
ここに存在意義を見出してもいいと思います。
自分たちの商品販売地域は、他人まかせにしないで、自分たちでなんとかする、という具合に。
ここにも自立主義が必要だということです。

で、前出のつぶやき(「自治体経営革命」を読んで)の「三、個人の利益と公の福祉」のところだけ注目し、引用します。

中心市街地活性化問題は実は個人の欲望と公の福祉の問題でもあります。商店街を商店街の人たちの個人的所有物の集合ととらえるならば、中心市街地の活性化は可能性も、必要性も存在しないことになります。個人の既得権ばかりを主張するならば、そこには厳然たる市場競争が待っており、量と価格で、大型店に太刀打ちできないのは明白だからです。
(「自治体経営革命」p169)

この後、熊坂市長は本吉羽咋市長(石川県)との対談で、「税金をつぎ込んでも中心市街地は再生されるべきだと考えています」(「自治体経営革命」p172)と言っています。
そこで、迷案が浮かびました。
これは非常に長期的なもので実現不可能かもしれませんが、考えだけは提示しておきます。

中心市街地の核となる商店街地区の土地、宮古の場合は末広町商店街の土地を末広町の共有財産にするんです。
私は以前、どこかの掲示板(たぶん末広町の井戸端掲示板)で、「後継者のいない店舗などにいろいろと求めるのは、難しい問題だ」と商店街側に理解を示したことがあります。
営業している店のご子息が後を継ぐとは限らないし、これはどんな商売の世界でも同じでしょう。
しかし、先に引用した「商店街を商店街の人たちの個人的所有物の集合ととらえるならば、中心市街地の活性化は可能性も、必要性も存在しないことになります。」という真っ当な意見を考えれば、やはり中心商店街として存在していくというのならば、それなりに繁盛していかなければならないのです。
しかし、ここに個人の所有物という問題が立ちはだかります。
土地を持っている、となると、商売がうまくいかなくとも、先代からの土地ということでなかなか手放さないのは皆さんわかると思います。
もし、これら商店街の土地が個人のものではなく、商店街の共有物ならば、見通しが暗くなった時点で、簡単に撤退する人がでてくるでしょう。

これにはメリットがあると思います。
商売がうまくいかなくなったのを立て直すのは容易ではなく、ある時点でスパっとやめれば、負債も小さくて済むことはよくあることです。
どういうわけか資本主義社会にもかかわらず、ダメなものをいつまでも公が助けようとしますが、あれじゃ、金がなくなるのは当たり前です。
この場合、土地が自分のものではないので、引き際が簡単だと思います。
そうなれば、新しく商売しようとする人も、いちいち土地の心配をしなくていいんですから、新規事業も簡単にできるようになると思います。
よく言われるスクラップアンドビルドが自然にできるのです。

土地には税金が掛かりますから、当然賃貸料は取らなければなりませんが、この土地賃貸料は土地を借りている店主(建物主)が商店街団体に支払い、土地の固定資産税は、この団体が市に払うようにします。
今はどうなっているのか知りませんが、末広町の固定資産税滞納は以前はかなりあったと聞いています。
共有化すれば、その分、こつぱる人も少なくなりますから、もしかして滞納もなくなるかもしれません。

さて、いろいろ反論が出ると思います。
例えば、自分の手でつかんだ土地をそんな勝手な論理で手放すのはおかしい、とか。
確かにそういう言い分はわかりますが、やはり商店街の存在意義を考えれば、栄えてなんぼ、なんです。
末広町商店街振興組合のサイト(←リンク切れ。やめた?)の「末広町のあゆみ」によると、宮古に人が住むようになってからもともと商店街があったわけではなく、大正9年に着工した国鉄山田線の駅が現在地に確定されてから商店街が発生した、とされています。
となると、結局は商売のために他所からやってきたのです。
私は、強制的に土地を取り上げろ、とかそんな話をしているわけではありません。
どうにもならなくなってやめたところの土地を、順々に共有財産としていけば、うまく起業、廃業が循環するんじゃないかなあ、と書いているのです。
だいたいやめたところの土地って、銀行とかの債権者に取り上げられているんでしょうが、土地神話はとうの昔に崩れていますから(商売は土地がするんじゃない、人がするもの!)、銀行側は気前よく商店街に放棄すれば(あげれば)、起業家が難なく商売できるんです。
それからまた、融資、返済の循環ができると思いますが。
住むところはどうするんだ!、とのお叱りもあると思います。
これは住むところはどこに住んだっていいわけで、商店街に住んでもいいし、蓄財し商店街以外のところに土地を買い、家を建てればいいのです。
「私有財産は商店街以外のところに!」ということです。

ここで市のできることはたくさんあると思います。
例えば、このように押さえていた土地を商店街の共有財産として寄贈したら、銀行の固定資産税を免除するとか、あるいは、商店街の共有土地確保のために財政出動するとか。
財政出動という手を用いれば、その共有財産は市のものとなり、運営は商店街、ということになるでしょう。
ん?それがいいかもしれませんね。
そうすれば固定資産税=賃貸料で簡単ですし。
いや、賃貸料を固定資産税より少し高くし、アルファ分で商店街独自の基金を作り、融資制度を商店街内で設けてもいいか?

なんだかまとまらなくなりましたが、それでも中心商店街の土地の共有化はメリットがたくさんあると思います。
反対意見があると思いますが、でも一考に価すると思います(私だけかなあ?)。
(2004年2月1日)